船橋夜話
西船橋街の歴史

葛飾村から乗換駅の街へ 西船橋のなりたち

今では5路線が集まる西船橋駅。駅ができる前、このあたりは「葛飾」と呼ばれていました。市と公民館の資料から、村の誕生から乗換駅になるまでをたどります。

西船橋駅は、JR・東京メトロ・東葉高速鉄道の5路線が乗り入れるターミナル駅です。けれども、この駅が開業したのは昭和33年(1958年)。それ以前のこの地域は、「葛飾(かつしか)」という名前で知られていました。

「葛飾」という古い地名

市の年表によると、船橋の地は奈良時代、下総国葛飾郡に属していました。葛飾公民館の解説では、「葛飾」は葛が生い茂る土地を意味するといわれ、万葉集や続日本紀にも登場する古い地名です。江戸時代の終わりごろまでは、下総国の北西部一帯を広く指す呼び名でした。

江戸時代の天明5年(1785年)には、西海神の浜で塩づくりが再び盛んになったと、市の年表に記されています。

8つの村がまとまって葛飾村に

明治22年(1889年)、西海神・山野・印内・古作・寺内・二子・小栗原・本郷の8か村がひとつになり、東葛飾郡葛飾村が生まれました。村の名前は、本郷にある「葛飾神明」の社号からとったといわれています。

その後の歩みは次のとおりです。

  • 大正4年(1915年):行田に海軍の無線電信所ができる
  • 大正5年(1916年):京成の「葛飾駅」が開業(現在の京成西船駅)
  • 昭和6年(1931年):葛飾村が葛飾町になる
  • 昭和12年(1937年):船橋町などと合併し、船橋市が誕生
  • 昭和15年(1940年):町名の表示を改めた際、寺内が「葛飾町1・2丁目」になる

西船橋駅の開業と「西船」の誕生

昭和33年(1958年)、総武線に西船橋駅が開業しました。

昭和42年(1967年)には新しい住居表示が実施され、葛飾町のほとんどが「西船」という町名になりました。さらに昭和62年(1987年)4月、京成の「葛飾駅」も「京成西船」に改称されます。公民館の解説によると、地元からは名前を残してほしいという請願もあったそうです。

路線が集まり、乗換駅へ

西船橋駅には、時代とともに新しい路線がつながっていきました。市の年表から関係する出来事を抜き出すと、次のようになります。

  • 昭和44年(1969年):東西線が西船橋まで開通
  • 昭和53年(1978年):武蔵野線が開通
  • 昭和61年(1986年):京葉線(西船橋~千葉みなと)が開通
  • 平成8年(1996年):東葉高速鉄道(西船橋~東葉勝田台)が開通

こうして西船橋駅は、総武線・武蔵野線・京葉線・東西線・東葉高速線の5路線を乗り継げる駅になりました。

今も残る「葛飾」の名

町名からはほぼ消えた「葛飾」ですが、葛飾2丁目の一部のほか、葛飾小学校・葛飾中学校・葛飾神社などに名前が残っています。平成2年(1990年)6月に西船地区にできた公民館も「葛飾公民館」と名付けられました。駅の周りを歩くとき、古い地名の名残を探してみてはいかがでしょうか。

出典(2026年10月7日に確認)

文:編集部